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2015.03.24 (Tue)

「もぎりよ今夜も有難う」を読んだ

もぎりよ今夜も有難う (幻冬舎文庫)

 片桐はいりさんの「もぎりよ今夜も有難う」というエッセイを読んだ。キネマ旬報で連載されていたコラムとのことだけど、そういえばちらりと立ち読みで見かけたことあっただろうか。キネ旬って久しく読んでないからなあ。
それはともかく、
 片桐さんが銀座文化劇場(現シネスイッチ銀座)で「もぎり嬢」としてお仕事をしていたのは高校卒業後から7年間とのことだそうだけれど、その後期のたぶん2年ぐらいかぶってわたしも渋谷の映画館でもぎり/テケツ嬢としてバイトをしていた。80年代中〜後期のミニシアターブームの最中、バイトの時給は最先端のおされな劇場といわれた元バイト先でもやっぱり信じられないぐらい安かったけれども、そのぶん社員の人々に招待券をもらってあちこち都内の劇場通いをさせてもらえた。そうやってみせてもらった映画体験は今の自分の大事な財産と言っていい。
 社員さんが各劇場と毎月交換してる招待券は渋谷地区はもちろん新宿・池袋に吉祥寺のバウスや六本木のシネヴィヴァンや俳優座シネマテンなどなどもあって、月半ばぐらいにはどーんと放出してくれるのでみんなで分け合ったものだった。銀座の劇場の招待券は(というか東宝系劇場の招待券は)はなかなか貴重だったしバイト間の争奪戦も激しかったけど、ハリウッドクラシックなんかの旧作特集をやっていた「銀文」のチケットは比較的競争率が低かったので、しょっちゅうもらっては観にでかけた。もしかしたら片桐さんにもぎってもらったこともあったのかもしれないね。
 片桐さんほど筋金入りの映画ファンでもなく劇場通い歴もない自分だけど(なんといってもテアトル東京や旧日劇や丸ピカに足を踏み入れたことがないんで…)、あの頃の映画館の空気を思い出すようなエッセイをとってもおもしろく、そして懐かしく読んだ。

 ちょうど読み終わった翌日に発表された日劇とシャンテの閉館のニュース。日劇だけはどんなことがあっても死守するはずって数ヶ月前に誰かから聞いた気がするけれど、まさかのそんなことになるなんて正直今でも信じられなかったりする。今に始まったわけではないし80年代の頃から映画本体もそのまわりも様変わりはしているとはいえ、ターミナルの映画館がシネコンばかりになるのは本当に寂しすぎると思う。片桐さんはどう思っているかしら…。

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2015.01.16 (Fri)

『なんクリ』の再読

『なんとなく、クリスタル』を再読しました。
 前に読んだときよりは反感は持たなかったというか、あの特徴ともいうべき?240こ近い注釈つきの固有名詞も懐かしいというか、これ知ってるーまだあるのかなあみたいな回顧カタログみたいな感じで意外にすらすら読めた自分に驚いた。わたしも都会の女になったという事かしら(爆)。どっちかといえば、本編のストーリーよりも左ページの解説のほうがへーとか、ほーとか楽しめたかも。前にはそれすらエラそうだとむかついたものだったけど、年とって丸くなるとはこーいうことなのかもねー。

 この登場人物たちって自分なんかよりはちょっと上の世代だったけど、まわりの友人なんかはバイブル的というかお手本みたいに崇めていて、本に出てきたお店やら品物やら妄信的におっかけてる小娘友だちも結構いた(…わたしにもそーいったメタル以外の普通の友もいたのだよ)。そんな友人の1人から借りてこの本読んだときは、単に文中に出て来たってだけでそれまで結構気に入ってたポール・デイヴィスの曲まで大っ嫌いになったものだった。
 わたしも雨が降ってかったるい日には予備校の授業をさぼって、お気に入りのアラームラジオから流れてくるFENを1日部屋にこもって聴いてたことがある。ただし、そこはベッドと机だけで足の踏み場もないほど小さな物置みたいな、ウド畑そばの部屋だったけども。チャラい都会生活と縁などあるはずもなかったあたくしには、キラキラしてるばっかりで深く考えなくっても自分の気分がよければそれでよしみたいな物語の空気やら、注釈のウンチクについていけなかったしついていきたくもなかった。もしかしたら自分にないものへの無意識のうちのやっかみだったのかも。

 本編中に「クリスタル」って言葉が出てくるのはたぶん3箇所ぐらいだと思うんだけど、クリスタルな関係やら雰囲気ってなんなのか、なんだったのか再読した今もよくはわからない。だけど、言葉にできないそういう雰囲気みたいなもの、これ風にいうならアトモスフィア?にあの頃みたいな嫌悪感はなかった。たぶんノスタルジックな感覚も手伝っているのかもしれないけれど。
 その辺、続編読んだらはっきりするんでしょうかね?

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2015.01.09 (Fri)

2014年の個人的読書まとめ

 続いて去年読んだ本のまとめ。
 相変わらず新刊は読んでないんですが、しばらく購入していた月刊「新潮」でタイトルやら本編部分的にも追えるので、単行本として発売されたときにはなじみがあるように思えたり新しい作家さんの名前ぐらいはなんとなく記憶したりはしているのです。だけど、今の部屋に越してきて震災前ぐらいからだから2011年から比較的マメに購入していた新潮もすべて読み切れているわけでなく積ん読がたまっていく一方。月々の出費も決してばかにならないので毎月買うのはやめようと決心したんだけど、やっぱ表紙に取り上げられてる今月の目玉作品に惹かれてついつい買っちゃうんですよねえ。映画やお勉強や本読みに同じぐらい存分にさける時間がほしいなあ。老後の楽しみに〜なんて言ってる間に気がつけばそう遠くもない将来になって来ちゃってるし(爆)。

 それはともかくとして、去年はうちの本棚の永久凍土的肥やしになっていた鉄板名作系をなるべく消化する方針でした。それ系ばかりに偏って息苦しくなっても困るので1冊終わったら間に1日2日で読み切れるような食べものエッセイも取り混ぜつつ。鉄板名作はどれも鉄板だったけど、新訳の1巻目しか持っていない「カラマーゾフの兄弟」は訳も読みやすかったし実際おもしろかったけど、たぶん続きは図書館かなと思いながらやっぱり時間がなくてそのまんま。いつになったら結末にたどり着けるやら。
 あとその他だと外国人の方が日本語で書かれたエッセイでエドワード・G.サイデンステッカーさん「谷中、花と墓地」とアーサー・ビナードさんの2冊はとてもよかった。日本語がきれいなんですよね。サイデンさんは日本語の校正をしてくれる方がいたとあったような気がするんだけど、アーサーさんは言わずと知れた自分で俳句や詩を手がけたりする日本語の達人。実を言うとアーサーさんは元職関係でやや間接的な仕事仲間的接点がないわけではなかった方で、いつも一緒に遊びに出かけている元職センパイたちは当時もっと親しくおつきあいがあり、そんなこともあって自分的には一方的に親密さを持って新聞なんかに連載されていたエッセイを拝読していたんですが、まとめて読んでみるとホントにこっちが恥ずかしくなるぐらいの言葉の使い手で心から大したもんだと読む度に感心。言葉の美しい使い手って尊敬しますね。
 言葉がきれいと言えば、パヴェーゼ「月と篝火」の河島英昭さんの訳もすばらしかった。「美しい夏」も同様に言葉の瑞々しさというのか涼やかな印象があったけど、たぶん原文がそういうニュアンスを持っているんだろうな。いつか原書で読めるようになったならいいけれど限りなく難しき。

そんなわけで 読書メーターのリストは追記表示で。

タグ : 本の話

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2014.11.21 (Fri)

『血と暴力の国』

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

 原題は「No Country For Old Men」。と書かなくてもご存じの方は多いでしょうけれど、コーエン兄弟が映画化した『ノー・カントリー』の原作です。実は公開前後に読もうとしたのだけれど、文体なのかなんなのか乗れなくて、数年ほっぽっておいたもの。久しぶりに手にして読んでみたら、なんであの時読み進めなかったんだろうと不思議に思うほど没頭して読めた。もしかして、映画を見終わったあとにはあまりにドンヨリしすぎていて、ちょっと頭が受け付けなかったのかも。
 映画がほとんど原作に忠実だったので、本の感想も拙映画ブログに記したものと大して変わらないのだけれど、ひとつ頷きながら読んだのは、もしかして映画の方にも出てきていたかも知れないけれど、保安官ベルの独白の中で「うちのかみさんはもう新聞なんか読まないという。なぜなら新聞に書いてあるニュースなんてもうニュースでも何でもないから」みたいなセリフ。
 ニュースがもはやニュースじゃないというのは、たとえば毎度お決まりの本当は目にしなくてもいいような報告ばかりで、それを読んで何かしら新しいこと、願わくばハッピーな情報をえられたりそんな機会がめっきり少なくなった、だったら読まない方がマシみたいなことかと思うのだけど、それって今の自分の気分にも通じるものがあったりして。世の中の動きに目をつぶっちゃ行けないのは分かっていても、訳の分からない政治の動きやら外交にしても、街中の事件にしても、嫌な気分になるくらいならいっそわざわざ読んで知らなくてもいいみたいな気分。映画を観たのは2011年よりも数年も前のことだけど、あの頃よりも一層何とも言いようのないドンヨリしたものをお腹に抱える常日頃だから、この不条理なドンヨリずっしり感たっぷりの本書に没頭できたのかも知れないし、もしかしたら自分もそろそろ居場所を見つけられないと感じるOld Menグループに片足を突っ込みつつあるから、余計そんなふうに思うのかも知れないけれど。

 なんてことを思っていたのが高倉健さんの訃報を知る前の朝のことだったので、ちょっと沁みているかも知れない。No country for old menか。渡り歩けるのはろくでもない年寄りだけ?イヤな世の中だね。

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2014.07.24 (Thu)

まったり

 ぽっかりと仕事の穴が開いて手持ちぶさたな今週。久しぶりに気合い入れて映画観に行っちゃおうかなとあれこれ物色。でもって昨日今日の昼間は映画館にお出かけ。ほんとは見逃し作品が多いゆえレイトショーの時間帯で観たいものが多いのだけど、週末まではPち当番があるためレイトはNG。なかなかうまく行かないもんですが、効率よく三昧したいもの。明日はチケット取ってしまったので午前中にゴジラIMAX鑑賞。

 代表の監督で元メキシコ監督のアギーレさん就任のニュースがちらほら出てるけど、前回のザッケローニ氏のときはともかくとしてなんだか個人的にはすっきりしない印象。だって大会まだ終わってないうちからこそこそ動くのってオシム氏の時もどうかと思ったけどあんまいい気がしないんだけど。まあ、結果が全ての商売でしょうから、後がよければ何も言わんけどね。でも、こういう決め方はあんまり好きじゃない。

 今年の夏休をどう取ればよいか迷ってて、8月はパスして9月のお祭りの時に盛岡帰ろうかとも思っているのだけれど、ただその頃の仕事のスケジュールがどうなってるか……
……とおもって今ネットで調べてみたら、わたしの予定以前にばっちり同居人の出張に丸かぶりなのでダメだわ、そこ。とてもガッカリ。さて、どうしよう。

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 8月中は帰省するつもりがなかったんで、課題図書じゃないけど読みたい本をあれこれ買ってしまった。というか、本当は『華氏451度』の新訳本だけあればよかったのだけどまたしても無駄遣いした結果このように。
 でもパヴェーゼの『月と篝火』は春先にレナーテ・ザミのドキュメンタリーをみてからずっと読みたかったので、買って満足。
 今年の夏は半分引きこもって映画と読書の夏と行こうかな。

タグ : Life よのなか 本の話

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2014.03.20 (Thu)

ズーイorゾーイー

 ここのところ口を開けば、というかここに何か書き込もうとすれば仕事だ、忙しいーばっかりで、面白くもなんともないことでまったく申し訳ないんですが、ストレス解消法といえば、そりゃ買い物。消費税アップ前にぜひ買っておきましょう!なんて口車にはのらないようにふふん、と思ってたのはいつのことやら、もーいったん楽●やら密林に行ってしまうと物欲がとまらなくなるので極力近づかないようにしていますが、これが近所のスーパーとかでかけたらでかけたであれこれバカスカ買いこんじゃ、これひとりでどーやって食うんだ?とわが身のアホさを悔やむことしきり。来週にはようやく同居人がお勤めを終えて帰ってくるので、そのまえに大量の段ボウルを廃棄せねば(爆)

さて、先日村上春樹氏の新訳版「フラニーとズーイ」を近所の本屋さんで買いました。

フラニーとズーイ (新潮文庫)

 なんども言ってるように発刊されればそれだけで社会現象巻き起こる~みたいな村上さんの新刊小説には、あまり興味のない自分ですが、エッセイとかとりわけ翻訳本なんかはついついそそくさと入手してしまいます。村上さんの新訳版というのはギャツビーやらチャンドラー一連ものにしても、清水俊二さんや野崎孝さんの訳本に慣れて思い入れ持って読んできたほうとしては、正直手放しで歓迎しているわけじゃないなくて、今回新聞の宣伝になってた「こんなにおもしろい話だったのか」みたいなコピーもなんかしつれーじゃん?と思わないでもなく、でもやっぱりとりあえず買ってしまった次第。

 まだ本編を読む時間が取れないのだけれど、いつものように村上さんのあとがきだけは真っ先に読んでしまったんだけど、その中に今回の改題についてちょっと触れてあった。「Zooey」という名前をどう発音するかいろんなアメリカ人に取材したら「ゾーイー」と「ズーイ」それぞれ読み方はあったけど「ズーイ」のほうが若干多かったのと、ドキュメンタリー映画の中で「ズーイ」という発音で統一されていたことと、村上さん自身の語感の好みで「ズーイ」としたとのこと。ふーん。でもレニー・クラヴィッツの曲の中じゃ「ゾーイ」って歌ってるじゃん、とか思ったんだけど、よくみたら向こうの綴りは「Zoë」なのでまるで別物だったのだけど、固有名の読みって当人がどう読ませたいかだと思うので、本当のところはサリンジャー当人しかわからないのじゃなかろうかとか思ったり。

 なんてことをちらりと考えていたら、このあいだ見たLevon Helmのドキュメンタリーの中で、ザ・バンドがエド・サリバン・ショーにたぶん初めて出演した際の映像で、エド・サリバンが「君の名前なんと呼べばいいんだ?」と確認してから「リヴォン」と紹介してる場面があって、綴りからだとはっきりしない時にはやっぱ本人に聞くもんだよねと思ったところだった。
 でもって、そこからそういえば最近じゃドイツ映画でもMichaelを普通のドイツ語読みならミヒャエルだけど、マイケルと英語風に呼ばせてることもよくあるもんなあと、あれこれとぐるぐる考えてしまったのでした。

と、とりとめないことを。



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2013.09.09 (Mon)

おかいもの

 ちょっと久しぶりな気がする秋っぽい明るい青空に寝不足の目がまぶすぃ…。テレビの気象情報データにこれまた久々ずらり晴れマークに予定変更して洗濯後出社。大半は昨日洗って、除湿器乾燥かけて強引に渇かしたのだが、こんなことならもうちょっと今日にまわせばよかった。でもーまた夕立とかふられてもやだしな。
 そういえば先週はドコモからあいぽん発売が報じられて、また本社のほうはお茶濁しみたいなコメントも出てましたっけ。正直もう待ちくたびれすぎてどーでもいいというか勝手にせいって気もするし、落ち着くまでは替えるつもりもないしねえ。iPadもでるんなら考えるけど。

さて、昨日密林よりやって来たストレス発散ブツ。

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新潮 2013年 10月号
星になったチロ―犬の天文台長
dancyu 2013年 10月号
Coyote No.34 特集:たったひとりのアラスカ
Coyote No.44 特集:Living for Tomorrow ストックホルムという家に帰る

 新刊の月刊誌は近所の本屋さんで買ってもよかったのだが、マーケットプレースのお得価格で密林配送センターから発送してもらえたcoyoteユーズドなどまとめられたのでぽちってしまった。結構満足。
 チロちゃんはこのあとにでた「チロと星空」を先に読んでいたので、こっちを読むのが楽しみだったし、Coyoteは結構重たく(重量がね)疲れて非力な時にはよけい重く感じるので、のーんびりできるときにぼんやり眺めたい。新潮はここまでたどり着くのいつになるのかわからんけど、とおしでというよりぱらぱら眺めて気になったものをまずは読んじまいたい。dancyuはお腹空いてない時を狙って読むべし。

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2013.09.05 (Thu)

組織のチカラ

 しばらく前に入手していて読みかけになってた『アポロ13号 奇跡の帰還』を久しぶりに手にとって頭っから読んだ。95年にトム・ハンクスが主演した映画の元ネタノンフィクション。映画は飛行船の宇宙飛行士とNASAコントロールルームの緊迫するやり取りほか宇宙飛行士たちの家族など人間模様も描かれて結果は知っているとはいえ、手に汗握りつつ感動作に仕上がっており結構好きな作品ではあったけれど、本書の中ではそういった粉飾的なサイドエピソードみたいな物は一切書かれておらず事故発生から帰還までの4日間のコントロールルームと飛行船のやり取り様子が克明に綴られています。技術系の専門用語なんかもぽんぽん出てくるので一見難しそうな所がないわけではないけれど、読んでるだけできゅーっと緊張感を覚えたり、映画のワンシーンを思い出したりどんどん読めてしまいました。

 本編自体もそんな感じでよくも度重なる悪条件の中で生還できたものだと感心するんだけど、それよりも残ったのが、下訳を担当した人は別にいるようなので、調べながら翻訳をまとめたということなのかもしれないけど、訳者の立花隆が書いている前書きで、「栄光ある失敗」と語り継がれているこのミッションを支えたアメリカの技術的な底力と組織力と若さについて記している部分。この訳書が出た時点(94年)で日本のロケット関係の技術は初の国産ロケットを開発したというところで止まっているとのこだけど、アポロなんかのとうてい足元にも及ばない有人飛行なんて考えられないミニロケットていうのはそれから20年近く経った今も(私が知らないだけかも知れないけど)さほど変わってないように思うし、しょっちゅう発射延期やらなんやらでトラブルの報道を目にするのもあんまし変わってない気が。そういった技術的な側面もだけど、日本が経済大国になって(でもってバブルはじけて不況になって、でもってデフレ脱却ーなんていってる今の世だけど)いくら経済的な力がアメリカを越えたといったって、マネジメント能力に関しては決定的に立ち後れている、という箇所にいたっては…これまたやっぱりというか、震災以降の危機管理能力全般に言えることじゃないかと。
 なんてことを最近の汚染水ネタやらオリンピック招致のニュースチラ見していて、丁度思ったところの読了だったわけでした。

アポロ13号 奇跡の生還 (新潮文庫)

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2013.04.10 (Wed)

4月も

 すでに10日ほどになるというのにまだ明け切らぬここってば。何がいそがしいってわけでもないのだけれど、花粉症のピークも過ぎたというのにアレルギー風の症状がなかなかひかないので病院へ行ったら薬を処方されて、そのせいかはわからんけれどやたら眠い。困ったものです。
 あまり外に出てぶらぶらする気も起きないので仕事が終われば早々に直帰して、平日だというのにめずらしく夕食の用意したり、食事の後にはこのところはまっているリンボウ先生の「謹訳 源氏物語」など積ん読ままになっていた本を読みふけるなどしているこのごろです。

 しかしー「源氏物語」なんて高校時代の教科書に載ってるぐらいしか読んだことなんてなかったけど(「あさきゆめみし」も含む)、リンボウ先生による現代語訳は非常に読みやすくあっというまに6巻ぐらいまでたどり着いてしまいました。光源氏がここまでひでー男だとは(w)知らんかったし、とりまく女性人物のキャラやらそのストーリーの続きはどーなるのというわくわく感(?)ってば、まるでワイドショーに夢中なおばちゃんのようにはまっているといってよいでしょう。でもおもしろいっすよ。

 先日サッチャー元首相が亡くなって、英国での世論も評価が真っ二つに割れているそうで。ケン・ローチもこれまでの作品観ていればそりゃそうなんだろなと思わざるを得ない辛辣なコメント寄せているけれど、いろんな明暗の部分があるとはいってもここ最近の現代史に残る国のリーダーらしいリーダーとしてはやっぱり評価できる人なんじゃないかと思う。そういえば大昔にぽちった自伝はどうしたっけかな…。

謹訳 源氏物語 一    Downing Street Years

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2010.12.22 (Wed)

翻訳の寿命2

なんだか昨日中途半端なまんまアップしてしまって据わりが悪いので続き。

 エッセイ「翻訳の寿命は、いったいどれぐらいのものなのだろう」のなかで村上さんは「月曜日~」に収録する旧訳作品の検証改訳したポイントは1)明らかなミスや誤訳、2)翻訳に対する経験値、自分の姿勢の変化、3)自身を含めた日本語文体の変化 をあげていて中でも日本語文体の変化によって直すところが多かったとしています。彼の場合は25年の翻訳活動のキャリアがあってそれに基づき照らし合わせて見直すと翻訳は多かれ少なかれ劣化するもので、建物でいう改築だったり新築を余儀なくされるものとのこと。

 字幕の場合は一人の翻訳者が20年以上も前に訳した自分の字幕をもう1回見直すことになるというケースは、うちの職場ではたまにあるけれど、一般にはそんなに多くはないと思う(たぶん今どきのメジャーな映画なら公開になって半年もすればビデオなりDVDがでてそこで字幕の修正かけるだろうし、その再販やらテレビ放映ごとに同じ翻訳者が何度も自分の訳に手を入れることはあんまりないんじゃないかと思う)し、文芸の書き言葉と話し言葉では言葉の寿命も格段に違うだろうから、話の基本としては同じ土俵には乗せにくいかもしれないけれど、あえて乗せるとするならば、われわれが字幕のハウツー習った時には後世観た時に違和感を感じるようなはやり言葉は使うべきじゃないとか、半永続性みたいなものを考えるように教わった記憶があるけれどそれって無謀な話かもなーと今更ながら思った次第。
それについてはまたゆっくり別の機会に。


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