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『ライ麦畑』寄り道

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)  翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)  ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

 先日の読書計画からとりあえず半分まで読み進めて、途中でなんかそればっかりになるのもーと寄り道して別なものを読んでるので(…とはいっても翻訳夜話の1冊目と柴田さん初のエッセイというあれなのでそんなに離れちゃいないんだけど)忘れないうちに覚書だけ。
 実いうと『ライ麦畑~』はこの年になるまでまともに読んだことありませんでした。本にまつわる逸話、サリンジャーの話やら一ジョンの暗殺、レーガン暗殺未遂の犯人の逸話とかもろもろなどの記事を目にすることはあっても本体自体はスルーのまんま。それでもずいぶん前から持ってたぐらいだからいつかちゃんと読まなきゃ的意識はずっとあったんだろうけど、ずっと後回しになっていた。もっともサガンの『悲しみよ、こんにちは』なんかも、これこそこないだ初めて買って読んでみたので、そんな誰でも一度は通る道みたいな読むべき名著といわれているようなベストセラーなんかは読んでなかったりするのである。自分の商売にしてはあるまじきかも知れません。。すんません。

 で、今回村上さんの訳の『キャッチャー』から読んでみて最初のうちは口語体の本文がちょっと読みにくいなあと思ってた。でも慣れたら、作品の持ってるテンポとしてそんなには気にならなくなった。
 翻訳夜話2を読んだら、村上さんがキャッチャーの訳作業に入ったのは『海辺のカフカ』のあとだったというので、「ああーどおりでー」と思った。どこか似てるのよね、雰囲気が。なんていってみても自分が最後まで通して読んだことのある村上さんの小説はあれだけなので、ほかのを読んでもそう思うのかもしれないしどうかはわからん。以前に書いたような気がするけれど、わたし村上さんの小説の「青さ」みたいなところは実はあまり得意ではなかったりするので、彼の手がけたものは訳書とかエッセイものばかり読んでいる。かといって、じゃそんな雰囲気を感じる『キャッチャー』がやっぱり違和感があったのかといえばそうでもなかった。
 「青い」といえば『悲しみよ、こんにちは』だってそういう部類に入るだろうし、ともにブルジョワのお坊ちゃんとお嬢ちゃんの主人公の悩み具合の男女差じゃないけどなんとなく似てるところがないわけでもない。どちらが読み物として没頭できたかといえば『悲しみよ』のほうかもしれないけど、『キャッチャー』のほうが根深いというかやっぱりそれなりの年頃のころに読んでいたならもっと芯に来てたのかもしれない。常にいろんなこと、人にむかついてるくせに、(だから)さびしんぼみたいな、心当たりのあるような、懐かしいともちょっと違うんだけど微妙に近い、年取ったからって完全に消えるわけじゃない感じの何かが、「そうなのかなあ」っていまさら思った次第。うまくいえないけども。

 翻訳夜話2では訳書に掲載されるはずだった村上さんの訳者あとがきほか、キャッチャーを訳し終えての村上さんと柴田さんのサリンジャー談義が2回分ほど入ってて、本編読了後に読んだらなるほどねーと思う解釈なり訳文作りのもろもろ連発ではあったけど、なかでもそーすか!?と自分的にショッキングだったのは言葉の選択の話。いくら新訳だからといってあまりそのときに流行ってる口語は鮮度の落ちも早いから使えないっていうのはもちろん同感ですけども、村上さんいわく2003年の時点にして「イカす」はもうきびしいんだそうで。…めっちゃ使ってるんですけど、いまだ訳文に。イケる、イケてるよりはもちがいいような気がするんだけど。

 と週末あたりに野崎さんライ麦に入ろうかと思ってるけど、そういえば、いつの間にか白水Uブックスのカバーからネコ?の顔みたいなイラストなくなってますね。なんかさみしい空間。あれも契約ごとで外さなきゃいけなかったんだろうか。
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