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2016.01.25 (Mon)

Heroes

 ボウイの誕生日の1月8日、あの大回顧展David Bowie Isがとうとう来年日本に上陸する!ヤッター!生誕70周年記念だーと小躍りしたのもつかの間、数日後の訃報には本当に驚いた。
 あの日は風邪でベッドに伏せっていた。前の晩遅くに親しくしていた方の訃報を聞き、かなり落ち込んであまり眠れず、おかゆすすって午後うつらうつらしていたところに、「起こして悪いがボウイが死んだって」と同居人に起こされたのが最初。ビックリしたし、勘弁してくれと思った。

 グレン・フライはホテル・カリフォルニアの大ブーム時がほぼリアルタイムだっただけあってもっと近い感覚があるんだけれど、デヴィッド・ボウイにはその長く、変幻自在のキャリアに「リアルタイム」と言い切れないところが自分にはある。どの時代の彼も常に美しすぎて、最先端。その昔自分はボウイの音楽に対してそんなに親しみを感じていたわけではなかったし、実際古いアルバムってほとんど聴いていなかったのだけれど、だんだんさかのぼって聴いてみるようになると、どの時点のどのアルバムでも追体験した時点の時代に全く違和感がなかった。それって普遍的アートのようなものかなと思う。

 後追い体験であれこれ聴いて今は好きなアルバムはたくさんあるのだけれど、リアル年代で自分が初めて聴いたのはベルリン時代のボウイ。友人から「Low」のアルバムを借りたのだけど、正直取っつきにくいなとお子なわたしは思った。でも懲りずに次の「Heroes」は自腹で買って、繰り返しタイトル曲の「Heroes」ばかり聴いていたからあの曲には思いいれがある。
 それから何十年か立ったあとの92年、フレディ・トリビュート・ライブで初めて生ボウイを「聴いた」。ウェンブリースタジアムの外壁をはさんで、夜風に吹かれながら聴いた曲はやっぱり「Heroes」。実際にステージの姿を見ることは叶わなかったけど、あの夜の体験はこの先もずっとずっと忘れない。



さようなら、ボウイ。

 昨日の朝日に載ってた東西の壁が崩れる前のポツダム広場でのライブの記事で、東ベルリンの人たちも壁の向こうから「Heroes」を聴いていたという話に、おこがましいけど自分の壁越しライブ体験を改めて思いだしたのでした。

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テーマ : 洋楽 - ジャンル : 音楽

18:59  |  music  |  コメント(0)

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