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2016.12.11 (Sun)

今週のつぶやき 263

 今期の冬は寒くなるのも早かったけどここ数年ぶりぐらいにまともに寒い。といいつつ、うちの冬支度はガスストーブだけでまだこたつは出してない。自由になる時間もようやく増えてきてるのでそろそろ出したいんだけれど、Pちの水●ロ対策を何か考えないうちはちょっと腰が重いのもあり。ま、しょうがないんですけどね、相手は生き物だし寒いことは寒いんで。なによりPCの上にゲロられるよりは…と古い心の傷を思い出しもしますが、近いうちにこたつ出さねば。

 昨日の深夜というか1時ぐらいですか、ノーベル賞授賞式でボブ・ディランの代わりにパティ・スミスが「はげしい雨が降る」を歌ってた。YouTubeでアクセスしたときにはもう後半のほうだったので緊張のあまりにやり直したという冒頭のほうは聴けなかったけれど(そういえばパティ、6月のトリフォニーホールでもなにかやり直ししなかったっけ、違ったかな)それでも響くパフォーマンスだった。聴衆の中にも涙を拭ってる方いたよね。
 歌手が文学賞もらうことについてどう思うか、なんつーヤフーアンケートが受賞が報じられたときにあったけど、もうその設問自体が愚かしいというか、最初からそういう目で見てるのはどっちだよ、と非常にやな感じがしたけど、ただ、ディランの受賞そのものに関しては異論はなくとも、単純にどうして今なのかな?と思わないでもなかった。
 ディランの詩がいかに同世代の若者や世界に強い影響を及ぼしたかというのは、一昨日・昨日と二夜に分けて放映されてた「ノー・ディレクション・ホーム」をみれば本当に、目からウロコが落ちて何度も何度も頷けるほど納得できるのだけれど、それがあの時代の空気が色濃い頃であればともかくなんで今なのか。あげるなら、こんな功労賞っぽい取り上げ方じゃなくて、もっと相応しい時期があったんじゃないかと思ってた。
 でもパティのパフォーマンスを見ていて思ったのだけれど、普遍性、なのかな。60年代の混沌とした時代から、今も相変わらず続く不条理や混沌のなかで心のよりどころ、すがりたくなる、そこにありつづける詩というか。自ずとそう感じざるを得ない空気になってるのかもしれないけれど。
そんな事を思いながら眠った昨日の夜でした。

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タグ : ボブ・ディラン よのなか

11:01  |  ヒビつらつら  |  コメント(0)

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