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『ヒトラーの裁判官フライスラー』

 昨日までナチス時代の人民法廷の裁判官で悪名高いフライスラーの本を図書館から借りて読んでいた。

ヒトラーの裁判官フライスラー


 フライスター本人のヒトラー心酔に伴う忠犬のようなクレイジーっぷり炸裂する裁判の様子は今でも動画映像で見られる。怒号による恫喝、あまりにも芝居がかった声音にあとから音を聞く分には常軌を逸しすぎて笑えるほどなのだけど、そこで下されていた判決の話にならないほどの酷さ・恐ろしさもさることながら、一番ぞっとしたのはそこに至るまで。裁かれる人々を法廷にたどらせ運命を決めた多くは市井の人々の密告なのだ。

 ナチスの攻撃が年月を追うごとに蹴散らされ、ドイツ国内の各地で連合国軍の空襲が始まり戦局が危うくなっても威勢のいい言葉で煽る政府に、さすがの国民も「本当はマズイのではないか」と不安や疑念・不満を抱くのも当然。そういったことを漏らしただけでその言葉を耳にしたバスに乗り合わせた乗客や隣人、友人知人たちが通報して逮捕・投獄。そして裁判では国民が一丸となって危機に立ち向かわなければいけない時節に足並みを乱す不心得者として、ほとんど言い掛かりのような難癖をつけられ死刑判決を受ける。

 ドイツの密告ネタと言えば『善き人のためのソナタ』でも描かれるように東独時代の一般市民による秘密警察シュタージへの通報・密告とか頻繁に行われていたようなことは知っていたけれど、大戦の頃からそこまで、というか逆にそんなルーツのようなものがあったのかという驚き。

 そして戦後に、フライスラー自身は戦時中の空襲で死んでしまっていたけれど、同様にその人民法廷を支えて罪なき人を裁いてきた法務関係者のほとんどが「自分たちはナチス政権下の法規に従っただけ」と主張することで責任を問われることもなく、混乱期にはしばらく免停みたいなことはあったのかもしれないけれど、結局大半が法曹界に残って同じように仕事を続けられたというのも驚き。なんか、どこも同じなのかという印象。

 あまり認めたくはなかったけれど読んでいるうちに、現在のどこかの風潮を思い起こさずにはいられない感覚に非常に気分が重くなった。脅威や恐怖、畏怖の概念が時代と共に変わり、今の日本の政治家にカリスマ感やオーラがある人は皆無でも。

  でもってミサイルがどうたらに乗じて都合の悪いことは何にも答えず国会解散? ふざけてて話にならん。
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