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『寂しい生活』

寂しい生活


 稲垣えみ子さんの暮らしぶりは情熱大陸で初めて拝見して、震災での原発事故以来、極力電気に頼らない生活を実践されていらっしゃるご様子に感心したものだった。断捨離を越える断捨離というか、持たざる生活というか。その理由にしても実践にしてもしっかり目的を持って行動しているのがえらいなあと思って夏ぐらいに出たエッセイを読んでみた。

 電気を使わない生活をはじめるきっかけからひとつひとつ実践&クリアしていくうちに快感を覚えてほとんど趣味のようにハードルをあげていった様子がわかる。自信の持てたころに引っ越した新居がオール電化のマンションだったというずっこけ話からそこでもめげずに果敢に節電生活に挑戦するさまも読んでいて楽しい。でも、他人事だからすごいなえらいなと傍観者でいられるけれど、ここまでストイックというより自分がやってみろと言われたら絶対ムリ...
 と、一歩退いた感でいるころ語られるのは稲垣さんのお父様が家電メーカーにお勤めだったこと。そのため幼い頃からいわゆる最先端の家電はいち早く社割りで購入できてご家族でその効率の恩恵を被って来たことも語られる。

 おそらく稲垣さんの親御さんとうちの親は同世代であろうけれど、我が家も母の職場関係で案内の来た社員向けの新製品特売週間なんかにはよく出かけたものだった。個人的に早期にあってよかったと思ったのはベータのビデオデッキ。キャンディーズの解散コンサートとかほか洋楽のライブ番組とか録画して友だちをうちに呼んでみんなでわいわい見た思い出がある。
 人付き合いがよく、わりと新しいもの好きでもあった母はお付き合いのあるメーカーさんから「お安くしときます/便利ですよ」の言葉に釣られて結構お買いものをしたほうで(たぶん自分の散在癖はこの辺似)、製氷機付きの大型冷蔵庫やでかくて音のうるさい除湿器、空気循環用のサーキュレーターとか、こまごましたものだと今で言うハンディブレンダーというかマヨネーズ製造器やら胡麻すり器とかスチームが出てくるような美顔器みたいなものも家にあったような…。便利かもしれないけど大して使わないだろうにこれは要らないんじゃないかと思った家電も多かった気がする。

 大なり小なりの家電が発達することで様々な家事の手助けになり、主婦でも働く母親でも時間の余裕が少しずつ持てるようになっていった。ある時点まではそうだった。でもいつしかそうやってどんどん進化してきた家電の便利な機能が、わたしみたいな機械オンチや暮らしのサポートを必要とするような高齢世代の手には負えないところまで発達しすぎて、性能が人のニーズを追い越しているのではないか、家電に人が使われているのではないか。そんなことを感じさせる本文のくだりに深く同意した。
新しい技術開発は必要なことだけど、それを身近なものへと盛りすぎることって果たしてそれは使い手にとって本当に必要なものなのかな、と。 そうやって次から次へと刷新される家電をあの手この手のコピーを考えて「とにかく新製品出たら買わせればオッケー、あとは知らね、次!」みたいなのりだったという大手広告会社の社訓話も今さらながらさもしいと思う。
 「寂しい生活」って本当に寂しいのは誰で、どういうことなのだろうとしばし考えてしまった。
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