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S・A・TUR・DAY…

ナイト!
土曜といえばこれにきまってます。土曜といえばこれが定番(断)。…なんちってほかにも「Saturday in the park」とか「Saturday night's alright for fighting」とかあるけど先にかいといたほうがよさげなのはやっぱこれです。よくクラスメイトの男の子が「エス!エー!ちくわ」と歌ってました。おかげさまでSATURDAYは英語学習歴の中でも最も初期の頃に覚えた単語のひとつです。

ベスト・オブ・ベイ・シティ・ローラーズ さてわたくしの年代の多くの元ギャル洋楽マニアに違わずこの世界にハマる大きなきっかけのひとつとしてベイ・シティ・ローラーズの存在は欠かせません。この曲がはやったのは初来日よりも当然前ではありましたけども、人気に火がついたのはやっぱ来日&ヤングミュージックショーの放映直後でしょう。その激しい?模様は『僕らの「ヤング・ミュージック・ショー」』に詳しいのですけども、放送後の男子からは「ライブが口パク」→「奴ら演奏できない」みたいにバカにされてしょっちゅうケンカしてたものでした。別に口パクなんていまだ誰でもやってることとは思いますけども。もちろん当時のわたしは生ライブなんていけるわけがなかったんですが「フィルムコンサート」にはよく行きました。そんな大昔にはMTVなんてあるわけないし、地方のいち女子が洋楽アーチストの動いている画像を見られるテレビ番組なんてヤング・ミュージック・ショーとか11P.M.ぐらいしかなかったですから、そういったプロモーション・クリップの上映会は貴重な体験だったんですよん。そんな当時の映像が今でもたまーにVMCチャンネルなんかでかかると血湧き肉躍るものがあります(←大げさ)

 BCRに話を戻すと、来日の翌年77年にニューアルバム「イッツ・ア・ゲーム」発売を待たずして、レスリーと人気を二分していたパットが脱退しBCRはしばらく4人バンドとして活動、2度目の来日も果たしましたがやがてレスリーも脱退してソロ活動へ。残ったメンバーはドラムのデレクの実兄でオリジナル・メンバーのアランがメンバーに復帰したほか、新たにヴォーカルのダンカンを迎えてアルバム「風のストレンジャー」を発売、「Turn on the Radio」←結構好き、などのシングルを出しました。ダンカンが当時まだアパルトヘイトを行っていた南アフリカ国籍だったということもあって活動が制限されていたというウワサもきいたけど、以降かつてのような世界的ブーム再現には至ることはありませんでした。

 92年にロンドンに行ってたときに、下宿先の近所の壁にレスリーの「伝説のBCRライブ」みたいな色あせた張り紙を見つけて今でも活動してるんだなあーととっても感慨深いものがありましたけど日程が過ぎた後だったので見られませんでした。レスリー、イアン、パット、またオリジナルのメンバーの面々もいまだに活動を続けているようです。

 ともあれ、演奏がイマイチできないとか歌詞がお子ちゃますぎて単純だとか何だかんだ言われていても、BCRは「青春」という言葉の似合うバンドでした。自分がそういった時期を過ごしていた時、絶妙のタイミングで人気のピークを迎えていたからツボにはまったというか、巡り合わせがよかったんだろうけど。彼らの全盛時のヒットシングル「Yesterday's Hero」の中には「We don't wanna be yesterday's hero」なんて歌詞がありました。それを皮肉にとる人もいるかも知れないけれど、でも決してそれって悪いこととは思いません。BeatlesやLed Zeppelinみたいなどんなに偉大なバンドだって、バンド自体は終わってしまってもその音楽はいつの時代も愛されてるし、時代が移りゆくたびに新しいファンが生まれてく。かつてのナンバーを大好きだった人々が今、大人になってからCMやドラマのテーマ曲に懐かしい曲を使い、また新しいファンが増えていくというように。そんな繰り返しがある以上、彼らが真の意味で「Yesterday's Hero」になることはないでしょうね。個人的には彼らがいたから少しでも情報やら、歌ってる内容が知りたくて英語勉強したのもあったし、いろいろな音楽に興味を持つきっかけも作ってもらいました。だから、わたしにとってはいつまでたってもかけがえのない大事なバンドです。 



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