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 字幕翻訳者でわたしが最初に翻訳学校で字幕のノウハウを教わった岡枝慎二さんが去る5月23日にお亡くなりになっていたそうです。遺言で訃報は一切業界には知らせないように、何もしないようにとあったとのことで、おそらく伝わってきたのはもうとりあえず初七日であったりある程度の法事が一段落ついたからなのかなと推測します。「何もするな」と残されたというのが武田信玄じゃあるまいしとも思うけれど、なんだか岡枝先生らしいような気もして。

 岡枝さんはたぶん日本語字幕翻訳の第2世代、というか清水俊二さんら創生期のちょっとあとぐらいの世代では誰よりも先に字幕翻訳への門戸を開いて、後継者を育てることに熱心だった方といえるでしょう。そのおかげで多くの人たちが今も翻訳者であったり、制作会社で活躍しています。
 先生の字幕翻訳は必要最低限の情報で作品を理解させるというか、時にはそこまで削ってもいいのかな?と驚くこともないわけではなかったけれど、ほんとうにすっきり読みやすい字幕でわたしは好きでした。信条とされていたあくまでも字幕は作品を妨げるものであってはならない、見た後に字幕がついていたことすら感じさせないような「翻訳」でなければいけないということは、自分がさまざまな映画に多いろんな形で接するようになってより強く同感するようになりました。作品以下であるのは言わずもがな、それ以上であってはいけない、微妙なバランスが必要なのです。
 先生の訳でよく知られているのはなんと言っても「スター・ウォーズ」のフォースを「理力」と訳されたこと。手近なところに英語の転がっている今の状況であればそのままフォースとするのは正しいことなのかもしれないけれど、それを置き換え可能な日本語にしたことはすごいことだと思うし、やはり「ブレードランナー」。ルトガー・ハウアー扮するレプリカントの知的さ、悲しさを感じさせる訳が本当にすばらしかった。美しい日本語の使い手でいらっしゃいました。

 先生に教えていただいた多くのことの中でもよく憶えているのは「字幕はダイヤモンドが1つごろんと光っている首飾りよりも、均整のとれた、できればパールのネックレスを目指してつくりなさい」ということ。600も1000もセリフがあればどんな翻訳者だってひとつぐらいはきらめく決めぜりふを作れるのは当たり前だけど、それが1個だけ突出することなくきちんと均整のとれたものを作るほうが字幕としては美しいということですね。これってば特に字幕に限って言えることではないだろうけれど。

 手がけられた作品や、実際の授業であったり、その後の機会を頂いたりしたこともふくめて、先生なしでは今の自分はないです。ニコニコ穏やかな物腰からはちょっと想像もできなかったけど、かつてその7カ国語を覚えるきっかけになったという大病をされる前にはいわゆる「モボ」で、よく奥様とダンスホールで踊りを踊ってらしたという先生。三毛ネコの(たしか)ルルちゃんを溺愛してましたっけ。筆まめで近況報告のはがきを出すとすぐお返事もくださいましたよね。本当にありがとうございました。どうぞ空の上から不肖の弟子を見守ってください。
テトラのおばちゃんに続いての訃報が寂しいです。
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