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2004年ポルトな思い出(仮)

2004年の6月12日~20に渡ってイベリア半島に出かけました目的はユーロ2004の観戦でした。チケットが取れていたのはグループリーグの1回戦、チェコ―ラトヴィア戦@アヴェイロ、とイタリア―スウェーデン戦@ポルトでした。わたくしとfootballツアー恒例同行者Sis.Kはとりあえずユーロ開幕と同時にイベリア半島に乗り込みスペインはマドリーで2泊3日の観光をした後、そこからポルトに移動し18日まで過ごしたのでした。滞在記はなんとまだ未完ですが一応
 朝7時にマドリッド市内のホテルを出てマドリッド空港からポルトへ。ネットで予約したのはTAP(ポルトガル航空)だったけどイベリア航空の国内線みたいなのに乗せられました。ターミナルが遠い遠い…でホントは免税で買い物を予定しておったのですが国際線発着ターミナルじゃないせいかなかったんですよぉ(泣)。町中で買っとくんだったと後悔しました。何がほしかったかってヌニェスのオリーブオイルだったりするんですが(…バカなわたし)。で、空港のバスに乗っかって乗り込む飛行機のところまでつくと…これで飛ぶのかって一抹の不安を覚えるほどのすんごいプロペラ機。一緒に搭乗したヨーロッパ人たちも機体を見てドヨめいてました。でも機内ではアムス-マドリッド間とは違ってちゃんと軽食サービスがありました。普通あるよね

 約2時間ぐらいのフライト後、ポルトに到着。パスポート審査でいきなり「どこから来た」という質問に一瞬たじろぐ。スペインの入出国の際にスタンプ押してもらってないからなのかしら。でも取り立てて書類を書かされるでもなくそのまますんなり出られました

 で、荷物を引き取り空港の表に出てみるといきなり正面道路が何やら大工事中。掘っくりかえしてるのがタクシー乗り場のあたりなのでどこで車をつかまえたらいいかよくわからんぞ。あの…開催までに間に合わなかったんでしょうか? わたしがinfoに聞きに行ってる間、K.はマドリッドから一緒の飛行機だった日本人のおじさんにタクシー相乗り案を持ちかけられていたらしい。でも、わたしがひととおりの話を終えて二人のところに戻るとそのおじさんは「僕は迎えが来たから、それじゃ」と言って去っていった。あのさぁ…。プレスセンターに行くとかいってたらしいからマスコミのオヤジには間違いないだろうけど、このシチュエーションなら一緒にどうとか何とかしてくれるとかしないですか、そういう時ってさ。せめて話しかけてくる前に自分が何者か名前ぐらい名乗るだろうよ。それともそんなに高名なプレスだったのかね。

 んで、とりのこされた私たちは自力でタクシーに乗ることに。バスを使うのも考えたけどinfoで宿の場所を尋ねた時、受付のねーちゃんたちは「宗教関係の建物かしら…??」と一様に首を傾げてたんで、そんなにメジャーな場所じゃないならタクシーに所在地みせて連れてってもらった方が絶対楽だろうと思って。で「タクシーは屋根にTAXIってランプを乗せたライトイエローの車ですよ」と教えてもらったとおりにすぐにやってきたクリーム色のベンツを捕まえて「あーよかった」と乗り込むと…ところがこれがですね、メーターとかついてなくってホテルの場所を確認するとか言ってみせてくれたのが携帯電話だったり、もしや白タク?(イヤ、絶対白タク) 宿の場所は紙をみせたら「知ってる知ってる任せとけ」みたいな楽勝ムードだったのでそれはいいとしても…運転もかなり荒っぽいし、すぐビービー、クラクションならすし、何よりこれっていくら払わされるんだよォと大いにビビる。しかしミラーから下がっていたFCポルトの飾り物にK.が気付いたので「チャンピオンズリーグ優勝おめでとー」とおそるおそる話しかけてみると、それまで渋滞でカッカきてたおっちゃんはがぜん機嫌がよくなる。ポルトのソシオ?に入ってるらしくて走行中だっちゅーに会員証までごそごそ取り出して見せてくれました。「彼らは冬にトヨタカップで日本に来るでしょ、一緒に来たらどうです?」とかいうとますますうれしそうにベラベラしゃべってて、市内に入ったら建物の説明までしてくれてたけどこっちはちんぷんかんぷん。ちなみに会話はわたしゃ英語でおっさんはポルトガル語オンリー。20分強ぐらいで目的地について料金は27ユーロ(約¥3500)。聞いてた相場より高いような気もするけど途中かなり渋滞してたし、もしかしてもっと高かったかもしれないのをポルト話がちょっと効いたのかなと思いたかったりする。

泊まったのはEUROのアコモデーション部から斡旋されたCasa Diocesanaというところでした。値段はツインひと部屋が1泊180ユーロ(約¥23700)。とにかくチケット購入した二次販売の時期には宿探しにもめちゃ苦労してたので、とりあえず泊まれればいいやと即決してしまった。ってそれ以外ないと言われたからしょうがないんですが。受付は1階で宿泊棟はその階下6階くらいまである。でも階下といっても川縁の切り立ったところに面して建ってるので日当たりは良いし普通にイメージする地下ではありません。部屋の中はベッドとシャワー、ロッカー以外はなんにもなし。テレビもエアコンもありません。さすがに朝食は付いてたけど。ここは普段は教会関係の施設でいろんなセミナーだったり講習会に参加するカトリックの信者の宿泊互助施設みたいなものらしいです(実際教会も併設されてる)。朝晩には川のほうから涼しい風が入ってくるし、テレビも試合は公園から見える野外スクリーンで観られたから何にもなしよの状況にとりたてて不便は感じませんでした。でも期間が期間だけに安くはない値段もある程度しょうがないとは思ってたんだけど、しばらくして朝食の時話しかけてきた日本人の男の子に「普段は信者がただで寝泊まりしてるところらしい」と聞いたときにはさすがに「なにーっ?!」と思った。施設にシングルの部屋はなく(と受付人は外人に説明していた)おそらくツインのシングルユースでも値段は変わらなかったらしいので、彼みたいに独りで来てた宿泊客にはこの値段でこのサービスはサギというのは全くもってもっともでしょう。(※でも上記のサイトによれば宿泊は有料だしシングルもあるのよね)

 受付の英語の話せる若いおねーちゃんは宿泊者からさんざんそういうクレームを聞かされてるんだろうけど「よそのちゃんとしたホテルはもっと高い」とか「でもわたしのお給料ってばこんなに安いのよ」とか毎度毎度カウンターで客相手にグチってました。しょうもないねーちゃんだなぁと第一印象はあんまりよくなかったけど、部屋までの行き方の説明を聞いて分かんなそうな顔をしたら一緒について来てくれたので悪いこじゃなさそう。英語やらフランス語をまともに話せそうだったのは彼女しかいないようだったから、クレームの嵐が押し寄せるのはかわいそうといえばかわいそうだったかも。彼女くらい英語はなせるスタッフもう少し増やしてもよかっただろうに。

 部屋でしばらくぽーっとした後、17時キックオフのチェコ-ラトビア戦を観るためにポルトから列車で1時間ぐらい離れたアヴェイロに向けて出発。たしか部屋を出たのは13:30~14:00くらいでした。受付のおねーちゃんに「ちょっとアヴェイロまで出かけてくる~」と言うと「そんな遠いところまで行くなんて大丈夫?」と心配される。すでに方向音痴がばれてたのかも…。

 表はまさにかんかん照りであっという間に日焼けしそうだったけど、海というか川に近い割には湿気がなくカラリとしているので、坂の多い石畳の道をふうふう歩いていても木陰にはいるとひんやり涼しくって気持ちよいのでした。映画で観たことのあるような黒いワンピースを着て両手に荷物を提げゆっくり坂道を歩いてくる地元のおばあさんとすれ違うと「ここって本当にポルトガルなんだなぁ」と思ったりする。

 しかしおねーちゃんも「宿から最寄りのサン・ベント駅までは近いから」と言ってたし、地図上で見ても比較的表通り沿いにまっすぐいきゃ良さそうだったので楽勝と思ってたんですが…初っぱなから迷った。言い訳するわけじゃないけど(…)町ですれ違う日本人の人々はみんな地○の歩き方持って歩いてましたが、あれに載ってた地図って皆さんホントに役立ってたんでしょうか。通りには地図に載っかってないような中道/小道も多数あったし、現地に着いてから空港で入手した広げられる地図に表示されてるのと本に載ってる地図でとりあげられてある(名前が記載されてる)通りが微妙に違ってたり最初のうちは、というより最後まで(苦笑)かなり混乱しました。実際町角についてる通りの名前表示も全部が大きく表示されているわけではないから、景観的には趣があるけれどかなり注意してみてないと見落とすことも多々ありました。また比較的大きな道でも舗装なのか水道工事なのか分からないけれど駅に続く道を大工事してたんで、なんだってこんな時期にこんな工事してるのかなぁとここでも思った。たしかポルトのメイン会場のひとつドラゴンスタジアムはスタジアム自体大会にあわせて作られたものですが、スタジアムそばまで行ける地下鉄は大会開催の2,3日前に開通したはず。もしかしてこの駅周辺の大工事は地下鉄工事が間に合わなかった分なのでしょうか。なんかそういうところはどうなのよ、と土埃とセメント粉の舞う足場の悪い道を歩きながら思ったけどラテンだからしょうがないのかな。

 試合観戦に来てそうな外国人集団を見つけてついて行けばきっと駅に着けるよ、などと話してると地図を片手に黙々と歩いてるハンブルガーのロゴをつけたシャツのおじさんの一団を発見。これはこれからスタジアムに行くドイツ人サポに違いない!とさっそくくっついていくことにする。で、ヘンな道に外れたりしながらもしばらくすると教会わきに野外ビジョンが設置されてある広場にでました。道路を挟んだ向かい側には公園が広がっていて、試合観戦のない日にはここに見に来ればいいや、と安心。広場のビジョン前にはオレンジ色の軍団がうじゃうじゃたまっていて早くもビール片手に歓声を上げてます。この日はドラゴンスタジアムでドイツvs.オランダの試合があるんですけどkickoffは8時のはず…それまで延々大騒ぎなのかそれともここで景気をつけといてあとでスタジアムに向かうのか??わたしらは移動したのでよくわかりません。

野外ビジョン前に集合してるオランダ・サポーター

 そのまま広場を通り抜けて土産物やさんなど商店街の続く坂道を下っていくと広場にでる。ここはさっき以上にオレンジの大集団がすでに大騒ぎしており、あっちこっちからchantが聞こえてきます。まさに飲めや歌えや大騒ぎ状態。そんな中をかき分けるようにして駅の建物らしき方向へ向かうとちょうど手前で空港で会ったプレスのおっさんに再会。あれからどうした?みたいな話を特にするでもなく「今日のドラゴンのチケット1枚なら余ってるんだよね」という彼…。だからなんだってんだよぉい。これからアヴェイロに行くんでといって、またそのうちお会いするかもしれないですね
とその場でさよならしたけれど、その後彼に会うことはありませんでした。とうとう名前も聞かなかったよなぁ。結局何者だったんだか

 ホールにきれいな壁画のあるサン・ベント駅。ポルトには駅が3つくらいあるらしいんですが、リスボンなど遠出するにはサン・ベント駅やらホテルの多く集まる旧市街の中心から少し離れたカターニャ駅のほうがメインの駅になります。サン・ベントからカターニャ通ってリスボンへ行く列車もありますが本数はあんまり多くないみたい。わたしたちは帰りの飛行機がリスボンを1時過ぎのフライトだったのでポルトを朝イチ6時15分発のアルファ(新幹線みたいな特急)でようとしてたんですが、サン・ベントからの始発電車は6時半ごろということで宿に早朝5時過ぎにタクシーを呼んでもらってカターニャまで行きました(タクシー代は7ユーロくらいだった)。もしタクシーを呼んでも来なかったりした場合には最悪歩かなくちゃいけなくなるかも…と一応前もって町中からカターニャまで歩いてみたんですがとにかく遠すぎだし、石畳の坂道を延々荷物を引きずって歩くのはまず不可能という結論に達して結局ドキドキしながらタクシーを呼ぶことにしたのでした。帰国の日は土曜日だったし、もしかしてタクシーが来るにしても相当時間かかるんじゃないかと不安だったから。結果としては取り越し苦労に終わってよかったんたんですが。ちなみに歩いていったその日の帰りは当然一駅ぶん電車に乗りました。左下がその切符。自販機で買ったからアヴェイロ行きの切符/左上とは全然違う。今回文中に登場してない右下の青いのはポルト版地下鉄用SUICA(みたいなもの)。これ一枚でチャージすればなんども使えるそうだけど単品の切符も売ってくれよ…(売ってたんでしょうか

 さて窓口でアヴェイロまでの往復切符を買うと値段は3.5ユーロ…安いです。で出てきたのが切符じゃなくてこういうレシート(左上)。ほかに切符が出てくるのかと思ったらなんとこれが切符。スーパーみたい。駅に改札はありません。車両のドアについてるボタンを押してドアを開け列車に乗り込み、発車した後に回ってくる車掌さんにさっきのレシートを見せるとはさみをぱっちんしてくれてそれだけ。キセルなんかし放題出来そうな気がしますが、その辺車掌さんはちゃんと覚えているものなのかしら。15時30分発の列車で1時間ほど電車に揺られ(臨時で増発されている快速のようでした)アヴェイロの駅に着いた時にはもう4時半すぎ。これキックオフに間に合わない~と焦って車外に出るとシャトルバス乗り場への矢印がありました。他にも何人かスタジアムに行くお客とともにバスに乗り込みます。バス料金は1ユーロ。引き替えにこんな切符が出てきました(右上)。すでに時間はあきらめていたものの、運転手さんは飛ばす飛ばす。高速っぽい道路には専用のレーンが設けられてたような気がするんですがそこをびゅんびゅん飛ばして、あいかわらず急ブレーキやらなんかあるとすぐにビービークラクションを鳴らしてる。ひょっとしてこっちのドライバーってみんなこんな感じなのだろうか。

 とってもカラフルなアヴェイロ・スタジアムに着くとチケットの確認後、持ち物検査やら身体検査に少々時間がかかり、その後スタジアムの階段をグルグルあがっていくと座席に着いた時にはすでに試合から約10分近く経過してました(…)。席はチェコ側のゴールほぼ真裏の2階。ピッチとスタンドの距離はさほど離れておらず、割と傾斜が急なのでコーナーなどかなりよく見えました。わたしたちの左手、メインスタンドコーナーのあたりにはチェコの大応援団が陣取っていてかなり盛り上がってます。ラトヴィアの応援団はちょうど真向かいのゴール裏にちんまり&バックスタンドのちょうどチェコと対角線上反対側に少々。数ではチェコのほうが勝っていたけれど、声のボリュームはラトヴィアも人数の割に負けてなかったような。座席の色が一席ごとに非常にカラフルに塗り分けられていて、遠目には人が座っているかどうかよくわかんなかったんですけど、目をよーく凝らしてみると結構空いてたみたい。事前にテレビで放送されていたEuro特番のスタジアム紹介コーナーによれば、どうせ大会が終わってしまえばそんなにお客がスタジアムにやってくることはないだろうから、席が空いていても埋まって見えるようにあえてイスはカラフルにしたのだとか。かなり効果的だったと思います。あとわりと屋根がせり出してたので音もゥワンゥワン反響して聞こえました。

試合の内容についてはあえて書きませんけど、劇的な展開もあったし個人的には大会を通じて好ゲームの何本かに入る試合だったと思います。生で観られてよかった

お客は全体的には中立の立場で見てる人のほうが多かったのではないでしょうか。ですので前半の終了間際にラトヴィアが先制点をあげた時にはチェコ・サポの一角をのぞいて大いに盛り上がっていたし、後半に入ってチェコが逆転した時もこれまたスタジアム中が大騒ぎ。どちらのゴールもわたしたちの観ている側のゴールで決まってくれたのはラッキーでした。試合後にはチェコの選手ほぼ全員がサポーターのところに挨拶にやってきてバロシュやネドヴェドが早くも(!)ジャージを観客席に投げ入れるなど湧きに湧いてましたし、その辺たっぷり観察できましたよ~

 でも、試合中のチェコ・サポの応援っぷりや試合後のそんな選手たちと一緒になって勝利を喜んでいる様を観ていたら正直いってうらやましくなりました。やっぱり自国の代表を応援するのってなんだかんだいって全うだしそれがごく自然なこと。別に卑下するわけじゃないけどわたしら外人、イングランドやらチェコやらどんなに応援しても自国サポの心意気/気合いにはかなわないと思う。仮に日本がW杯みたいにこういう場に出てきたら選手だってそういう自国の応援の後押しみたいのはきっと力になるんだろうし、それで応援に応えて勝ってくれたならなによりすごーくうれしいと思うし。なんとなくドイツで最低でも1試合は必ず日本の試合に行って応援に参加すべしとこんなところで強く思ってしまったのでした。…ってそれより予選を勝ち抜いてもらわないと始まらないんだが

試合が終わって外は歩いて駅らしき方向に向かう長ーい列。わたしたちもまたまたついていけば何とかなるだろ作戦で延々行列に加わったんだけど…これまた大失敗。たしかに列は果てしなく続いておりました。しかし歩いて歩いて20分ぐらい行き着いたのは大型ショッピングセンターの駐車場…。あのさぁ、だれか途中で気付いてよぉとまた人任せなわたしたち…。そうなることを気付いていた人は多くなかったようで行き着いた先で途方に暮れる外国人多数。しょうがないんでその辺のレストランで食事してる人たちも多数…。これはもときた道をとりあえず引き返してバス停らしきものがあったらへんまで戻ろうということで引き返す。そのうちようやく人が何人か待っているバス停(らしきもの)を見つけたので、一緒になって待ってたんだけど待てどもバスの来る気配はない。よーくみるとそのバス停も時刻表らしきものは見えなかったのでまたミョウなことになるんじゃないかとふと心配になり、前のほうに並んで携帯メールをしてたアジア系の女の子に話しかけてみる。彼女がいうことには前に並んでいる地元の人に聞いたらここがバス停だというのできっと大丈夫だとのこと。ちょっと安心。しばらくバスは来なかったけどその間女の子(Fちゃん)と話をしてました

 彼女はシンガポールからポルトにいる友だちの友だちを頼ってひとりで試合を見に来ているんだそう。国際試合はフランスW杯以来ちょこちょこ現地観戦しており2002年はアルゼンチンのチーム指定チケットを買って日本に来てたんだそうです。「わたしも同じ日に札幌ドームにいたよ」というとすっかり意気投合。そのうちFちゃんの隣で話を聞いていたフィンランド人のおじさん5人組(フィンランドから車で来ていてテントに寝泊まりしていたんだって…)も話に加わって、どうせならアヴェイロの駅まで戻ったらみんなでどこかの店でオランダ-ドイツ戦の中継でも観ようじゃないか!という話になりました。

 バスが来たら今度は乗客定員オーバーでなかなか発車できなかったけど試合が終わって約90分ほどでようやくアヴェイロ駅前に帰還。駅前のピザ屋さんで夕飯食べつつみんなでワイワイいいながら試合を観る。Fちゃんはオランダびいき、オッさんグループの中で唯一北欧系の人らしくみえるいい男系の(ちょっとフリスク主審っぽい←スウェーデン人)彼はドイツびいきで特に白熱してました。試合を最後まで観た後、みんなで即行駅へ。フィンランド人たちは車内でもゴキゲンで歌うたいながら、途中の駅で「来世で会おうなぁ!」とかいいながら降りていきました

サン・ベント駅でFちゃんと別れたのは23時過ぎ。駅前でまだまだ盛り上がってるオランダ人集団を横目に、とりあえず試合も試合後も楽しかったし、今日はいい1日とかなんとかいって宿への帰路についたわたしたちでしたが2度あることはやっぱり3度あるもの…。またヘンな方向に行ってしまったよ。行きに見つけた野外ビジョン脇の教会の場所を地図で勘違いして駅に戻ったり、また方角は正しくても三つ又の通りを一本間違えたために中心から離れるたびにどんどんとんでもない方向にいっちゃって、地図に載ってないような通りや広場につきあたったり四苦八苦。できるだけ大きな道を歩くようにしていたのであまり物騒な感じはしなかったとはいえ、これっていつになったら帰れるの~?と弱音を吐くわたしをK.が叱咤しようやく宿に戻ったのは1時近くでした。トホホ

教訓:ポルトの町中の道路はいくつかある広場から放射状に延びてるので、一歩間違えるとどんどこ目的地から離れていく危険性があります。現在地を確認しようにもそこの通りが地●の歩き方に乗ってない場合も多々あるので通りの名前は出来るだけこまめに確認し、もし迷ったかなと思ったら早めに自分が確信を持てる場所まで引き返した方がよいです。

そんなわけで長い長いポルトの初日は終わったのでした。明朝の食事の時間は7~9時。起きられるんだろうか…。(続く予定

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